宮崎における最古のバーと言えば「赤煉瓦」

宮崎「赤煉瓦」

さて今回は宮崎で唯一行っておいて未だ書いていなかったバーだ。

これまで『続人間』や、

宮崎ニシタチで既に45年以上同じ場所で続いているバーが『続人間』だ。西中州のマスターの息子さんがやっておられる同じ店名の店や弟さんの『蚤の市』、修業した『赤煉瓦』も少し。

『洋酒天国』、

ニシタチにある宮崎最古のバー「赤煉瓦」の脇にある細く真っすぐな急階段を上がるとそこは「洋酒天国」の扉が待っている。カウンターの向こう側は皆女性の老舗バーである。

そして『蚤の市』と書いてきて、

この『蚤の市』のマスターは『続人間』のマスターの弟さん。お店を始めたのも兄1972年、弟1973年とほぼ同じ時期。そしてどちらも今ではニシタチを代表する老舗バーとなっている。

このまま書かないのも何なので『赤煉瓦』となる。

宮崎「赤煉瓦」

宮崎「赤煉瓦」

もう何度か出てきているが、宮崎最古のバーと言われているのが、この『赤煉瓦』だ。昭和31年創業の老舗バー。

日本のバーの始まり

宮崎最古のバーの前に、日本のバーの始まりはいつだったのか?ボクの知っている限り、それは確か横浜だったはずだ。

860年、大江健三郎の長編小説『万延元年のフットボール』の万延元年、横浜の外国人居留地につくられた『横浜ホテル』の中に出来たバーが始まり。

ただ、ここのお店はあくまでも外国人向けのそれであって、日本人向けのものではなかったようだ。

では、最初に日本人向けのバーが出来たのはいつなの?となると、1911年、日本人画家の松山省三と平岡権八郎の二人が共同でつくった『カフェプランタン』が先駆けとされている。

残念ながら今はもうそのお店はない。ただ例えば永井荷風の『断腸亭日乗』にはその名前が出てくるので、その名前はいつまでもきっと残っていくだろう。

そうしたバーが全国に出来るようになったのは関東大震災がある意味原因になったと聞いたことがある。

震災によって職を失ってしまったバーテンダーが、東京を離れて他の土地に移ったことで、全国各地にバーが広がっていったというお話。

アクセス・外観

それはさて置き『赤煉瓦』だった。一番街のアーケードの2つめの角を左に曲がってしばらく進むと、左手に店の名前の通りに決して新しくはない赤煉瓦の建物が見えてくる。

楕円形の白地に赤い文字で『赤煉瓦』と書かれた電飾看板が目印だ。2Fは以前出てきた『洋酒天国』になっている。

店内

宮崎「赤煉瓦」

『洋酒天国』もそうだったが、ドアを開けて中に入ると長いカウンターだけの細長いお店になっている。さすがに昭和31年創業の老舗といった感じで、とても落ち着いた雰囲気だ。

優しいランプの光が何とも心地良い。当然壁は赤煉瓦で、バックバーには当たり前だが様々なお酒が皆を幸せにする為に待機している。この光景はどんなバーでもいつ見ても美しい。

宮崎「赤煉瓦」

流れているのは、流れていることが自然すぎて空気みたいなジャズ。もちろんCDではなくてレコードなのはやはり良い。レコードならではのノイズが却って耳に気持ち良い。

壁にはサミー・デイヴィスJrのポスターが飾られている。なぜ彼なのか?と言えば、彼が昔々サントリー・ホワイトのコマーシャルに出ていたからだ。

宮崎「赤煉瓦」

このCMは1度見たら忘れられない。コンコン、チコン、コン、チコン…今ならYouTubeですぐに見られるんだから便利な世の中だ。

そんなわけで、ここはトリスバーだった。1960年代に全盛を誇ったらしい庶民派のバー。今でこそ、その頃に比べてしまえばその数は随分と減ってしまったんだろう。

宮崎「赤煉瓦」

ただ、この『赤煉瓦』のように今でもちゃんと時を積み重ね続けているお店もあるのだ。もちろんそれがいつまで続くのか?はわからない。

カクテルも意外とリーズナブルだし、店は重厚なつくりであるにもかかわらず意外にカジュアルな雰囲気で、こういうのも決して嫌いではない。

まとめ

お店がわかり易いところにあるのと、雑居ビルの奥とか少しわかりずらいのと、どちらが良いのだろう?とふと考えたことがある。

少し見つけにくい方がもしかしたら、わざわざ行くになるから、客質がちょっと良くなるかもななんて思うのであった。

宮崎「赤煉瓦」

さて、最後に『赤煉瓦』の基本情報

TEL:0985-26-0355

住所:宮崎県宮崎市橘通西3丁目6−5 1F

その他:全面喫煙可

    カード可

赤煉瓦バー / 宮崎駅
夜総合点★★★☆☆ 3.5

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