久留米で失敗しない餃子「ギョウザ五十番」

久留米ギョウザ五十番

餃子はお好きですか?

キンキンに冷えたビールにアツアツの餃子なんて思い浮かべたらもう堪らないなんていう方も多いはず。

そんな餃子を日本で最初に食べた人は誰か?そもそも餃子って日本ではいつ頃からこれだけポピュラーな食べ物になったのか?は知られているようで知られていないかもしれない。

今回はそんな餃子のお店を久留米からご紹介。お店の名前は『五十番』という。以前藤井フミヤ氏や志村けん氏も絶賛した鉄鍋餃子のお店だ。

餃子の歴史

そもそも餃子という食べ物はいつくらいからあるのだろうか?

起源は紀元前3,000年の古代メソポタミア文明?

以前何かで読んだのだが、実は中国が最初ではなく紀元前3,000年頃の古代メソポタミア文明の遺跡から、小麦粉を使って中に具となる食材を包み込んだ食べ物が発見されているらしい。

それがシルクロードを通じて中国などに伝わったというのがよく聞く説。だから中国以外の国にも餃子っぽい食べ物がある。

例えば、モンゴルなら『バンシ(水餃子的なもの)』や『ホショール(揚げ餃子的なもの)』や『ボーズ(蒸し餃子的なもの)』がある。

ネパールやブータンなどチベット圏には『モモ(蒸し餃子的なもの)』があるし、ロシアなら『ペリメニ(水餃子的なもの)』、トルコなら『マントゥ(水餃子的なもの)』がある。

いつもそうだが、こういった起源とかの話というやつは必ずアレコレと色々な説があるからどれが本当なのか?なんていうことはわからない。

でも、紀元前600年頃の中国の遺跡から餃子の形をした食べ物の化石が発見されたとか、その元々が古代メソポタミア文明かもというのは真偽はともかくとしてなかなか面白い話だ。

日本で最初に餃子を食べたのは水戸黄門?

それで日本で最初に餃子を食べたのは誰か?の答は、『文献に残っている中では、餃子らしきもの』という条件付きでは水戸黄門こと水戸光圀というのが一般的。

TVの水戸黄門の格さんのモデルとされる『安積澹泊』が書いた、中国明朝の亡命儒学者『舜水朱氏談綺(1713年)』の中に出てくる『福包』というのがそれだ。

舜水朱が1689年に光圀に献上した食べ物の中にこの『福包』があって、中には鴨肉とかクコや松の実が使われていたとか。

江戸~明治時代の餃子

その後も餃子らしき食べ物の記述が江戸時代にいくつか、『普茶料理抄(1772年)』や『卓子調烹方(1778年)』や『清俗紀聞(1799年)』などにも登場する。

明治時代、日清戦争後に中国から沢山の留学生がやってきて中国料理の店が徐々に開店、中国の料理本も出版されて餃子の記述も増えるが、実際に食べる・食べさせるにはまだ至らず。

戦後一気に広がった焼き餃子

それが一変したのは日中戦争後のこと。満州からの引揚者がそこで食した餃子を提供するようになったことで一気に広まっていったようだ。

餃子の街といわれる宇都宮や浜松などは、いずれも当時は軍の重要拠点があったり満州への開拓団を多く出していた地域だからやはり繋がりがあるのだろう。

戦後、東京渋谷の百軒店に開店した店が後に恋文横丁に移って『珉珉羊肉館』となる『有楽』。店主は中国人の妻と旧満洲大連から引き揚げてきてこの店を開いた。

ジンギスカンなど羊肉料理の他、水餃子と焼餃子を出したら焼餃子が大いに当たったらしい。惣菜としてお米にぴったりで酒の肴としても受けた。

やがてこれに倣い焼き餃子のお店がどんどん増えていく。中国で餃子と言えば水餃子だが、日本では戦後飢餓時代にスタミナ食として焼き餃子が流行して今に至ったのだ。

そのある意味焼き餃子の元祖とも言える『珉珉羊肉館』は既にもう存在していない。恋文横丁から京王線のガード下付近に移転、2008年頃に閉店したようだ。

この店で焼き餃子の作り方を習い名前も一部引き継いで昭和28年に大阪千日前で1号店をオープンした『珉珉』は未だにチェーン展開して頑張っている。

久留米「ギョウザ五十番」

久留米ギョウザ五十番

さて、そんな餃子を美味しく食べさせてくれるお店は今や全国各地に沢山ある。

焼き鳥の街、とんこつラーメン発祥の地でもある久留米にも美味しい餃子のお店がある。しかも潔く餃子だけを提供するお店だ。それが 『ギョウザ五十番』。

場所は西鉄久留米駅から歩いて数分の路地裏

西鉄久留米駅前のロータリーの向かいにあるアーケード街を歩いて数分、左手の細い暗めのの路地に入る。

そこには黄色に黒い文字で『五十番』、紫の文字で『ギョウザ』、赤い文字で電話番号が書かれた看板が浮かび上がっている。

年季の入った暖簾は派手な看板とは対照的で、紺地に『ぎょうざ五十番』の白い文字が染め抜かれており落款が入っている渋いもの。

以前は地元の方が『新世界』と呼んでいる細く狭い路地に店を構えていたのだが、こちらに移転したらしい。移転先も細く狭い路地なのは変わらない。

「五十番」に入る

お店に入ると、テーブル席はなく朱色のカウンターだけの小さなつくりだ。10人も入ればもう満席になってしまうくらいの広さ。

なので時間によっては小さな行列が出来ていることもたまにある。とは言え、メニューは餃子だけなので回転は案外と早いのかもしれない。

ただ、ボクが伺った時は5人ほど入っていただけなのですんなりと入れたが、グループでビールを飲みながらゆっくりという方々も居たのでそこは何とも言えないが。

潔い絞られたメニュー

久留米ギョウザ五十番

メニューはこんな感じ。

・餃子 四五〇円
・水餃子 五〇〇円
・酒 三五〇円
・ビール 五五〇円
・めし 小 一〇〇円
・めし 大 一五〇円
・おにぎり(二個) 三〇〇円
・キムチ 一五〇円
・焼酎(白波)湯割 三〇〇円
・コーラ 一五〇円
・オレンジジュース

以上。

いざ餃子

久留米ギョウザ五十番カウンター越しの厨房と言っても2畳くらいのスペースだが、そこにはコンロが6台ほどずらりと並べられている。

そして注文するとそこに鉄鍋を置いて餃子を焼き始める。水餃子の方はアルミの鍋が同じように置かれてつくられる。

久留米ギョウザ五十番

焼き餃子は熱々の鉄鍋のまま木製の鍋敷きの上に提供される。さすがに水餃子はどんぶりに移し替えられての提供。

久留米ギョウザ五十番

餃子のタレは酢醤油でニンニク入りとそうでないものと二種類。鷹の爪の入った小鉢があるので、それをタレに混ぜて食す。

久留米ギョウザ五十番

出てきた焼き餃子は平べったく小ぶりのものが9個。ここの特徴は片面だけを焼いて、そのままひっくり返さずに出されるということ。

なので焼かれた面はカリカリ、逆はモチモチ。このコントラストがとても良い。間違ってもひっくり返して逆側も鉄鍋に押し付けたりしてはいけない。モチモチがなくなってしまう。

餡は少なめでキャベツが中心でニラが少々に豚肉もこく出しに少しという感じで非常にさっぱりとしている。なので皮の味が引き立つ。そしてそれがまた美味しい。

水餃子は器の中に直接酢醤油かニンニク入り酢醤油をかける。少しだとあまり味がしないので多めに入れて自分好みのちょうど良い濃さに調整して食べる。これもまた美味しい。

久留米ギョウザ五十番

色々な使い方が出来るはず

正直水餃子・焼き餃子一人前では多そうに見えるがペロリと食べられてしまう。もう一人前頼んでもまだまだ食べられる感じだ。

なので、飲んだ後や二件目に行く前、他でラーメンを食べた後、ここでじっくりとなどなど色々な使い方が出来そうである。

そして、やはりビールと共にこれらを食べればまさに至福の時。ほかではなかなか味わえない個性際立った美味しい餃子を食べるなら是非行ってみて下さい。

「ギョウザ五十番」アクセス・営業時間などなど

というわけで今回は餃子の名店と言って良いだろう『五十番』の紹介でした。

最後に『五十番』の基本情報。

住所:福岡県久留米市東町34-42

電話:0942-32-4194

営業時間:17:30~22:00

     日・月曜休

その他:(お客様ご要望により)完全禁煙

     予約不可

     カード不可

おひとりさま居心地レベル:★★★★★(5★満点)

ただ長居をするようなところではない。サクッと飲んで食べて次!という感じだ。

五十番餃子 / 西鉄久留米駅花畑駅櫛原駅
夜総合点★★★★ 4.0

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