マドリードでゼッタイ見たい【ピカソのゲルニカ】

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Pablo Picasso: Guernica

パブロ・ピカソ1937年の作品ゲルニカ、
Guernica 。

想像よりも大きい

作品の大きさは、
349.3 x 776.6cm。

上の絵ハガキとかよくネットに出ている写真などでは、
とてもわからないような大きさだ。

なので初めて見た時は、
まず大きさそのものに驚かされた。

そして色のない世界が押し寄せてきて、
ある意味ショックを受けたのがこの作品だ。

タイトルは自身が付けたもの

この Guernica というタイトルは、
珍しく本人が付けたものだ。

この作品は何ら予備知識がなくても、
誰もが目の前にしたら見入ってしまうに違いない。

でももう少しこの作品のことを知った上で体験した方が、
良いのかもしれない。

ピカソが描いたもの

それで、
この作品には何が描かれているのか?

この作品はスペイン市民戦争に介入したナチスが、
スペイン・バスク地方にある村ゲルニカを無差別爆撃した出来事を主題としたもの。

1937年5月1日に制作を開始して、
これだけの大作を僅か1カ月余りの6月4日に完成させている。

描かれているもの

爆撃されて瓦礫と化した町並みではなく、
ある部屋の中が描かれている。

左から見ていくと、
女性がぐったりとした子ども(遺体であろうか?)を抱きかかえ泣いている。

その女性の頭上には牛、
奥のテーブルには鳥が見える。

手前に倒れているのは、
身体がバラバラになった兵士だろう。

左手にはイエスの傷跡を表す紋章、
切断されている右手には折れたナイフと花。

中央にはランスに刺された馬、
頭上には不気味に光る電球。

その電球の右には松明なのかランプなのか蝋燭なのかの灯り、
それを手にする怯えた表情の女性。

右下の女性は中央上に向かって顔を伸ばし、
視線は灯りに向かっている。

右端では女性が両腕を高く上げていて、
その奥のドアは開いている。

何を表すのか?

牡牛は暴力や抑圧で、
馬は苦しみや悲しみ。

灯火は真理や復活で、
剣は戦争や死。

母子は人間の愛や生命、
灯りは希望や自由。

と言った感じで、
それぞれが何か象徴のようでもある。

ただピカソは
こんな風に語っている。

…Pero este toro es un toro y este caballo es un caballo.

También hay una especie de pájaro,
un pollo o un pichón,
ahora no recuerdo exactamente,

que está sobre una mesa.

Y este pollo es un pollo.

Por supuesto, son símbolos.

Pero no es asunto del pintor crear los símbolos,
para crear símbolos mejor sería escribir un montón de palabras en
lugar de pintarlas.

El público que contemple el cuadro debe ver en el caballo y en el toro,
símbolos que deberán interpretar tal y como los entiendan.

Hay algunos animales.

Son eso, animales, 
animales masacrados.

En lo que a mi respecta,
eso es todo. 

Es el público quien tiene que ver lo que quiera ver…

…しかしこの雄牛は 雄牛でありこの馬は 馬です。 

テーブルの上には鶏か鳩か、
正確には覚えていませんが、
何かの鳥もいます。

そしてこの鶏は鶏です。

もちろんそれらは象徴です。

しかし画家の仕事は象徴を創造することではなく、
象徴を創造するなら絵を描くよりもたくさんの言葉を書く方が良いでしょう。

絵を鑑賞する観客は馬と雄牛の中に象徴を見なければならず、
それを自分なりに解釈しなければなりません。

動物もいます。

それらは単なる動物、 
屠殺された動物です。

私に言わせれば、
それだけです。 

観客が何を見たいのかは、
彼ら次第です…

—Picaso

要するに、
雄牛は雄牛 馬は馬だ 鑑賞者は結局 見たいように見ればいいのだ と言うことだ。

まあ、
確かにそういうものだ。

元々はパリ万国博覧会スペイン館を飾る壁画

自分は、
今までにこの作品を2回体験している。

その頃はまだ、
プラド美術館の別館カソン・デル・ブエン・レティーロに展示されていた。

そして今では、
ソフィア王妃芸術センターに移されている。

元々はこの作品の始まりは、
スペイン内戦中の1937年1月。

スペイン共和国政府が在フランスのスペイン大使館を経由して、
ピカソにパリ万国博覧会スペイン館を飾る壁画の製作依頼を行ったことに始まる。

最初は、
スペイン内戦とは関係のない壁画を制作する予定だったらしい。

ただフランスの新聞に掲載された衝撃的な写真を通して、
ゲルニカ爆撃を知って主題に選んだようだ。

万博後は政府の所有物のはずだが、
スペインには行かずパリにあるピカソのアトリエに返される。

その後スカンジナビア半島やロンドンで展示され、
1939年フランコ独裁政権が誕生した頃にはアメリカに渡る。

そしてそのままニューヨーク近代美術館(MoMA)に保管され、
世界のあちこちの回顧展で展示されることになる。

ピカソが1973年に亡くなった2年後にフランコが1975年に亡くなり、
スペインが民主化への移行期になるとこの作品のスペイン返還の声が大きくなる。

そして1978年にアメリカとスペイン両国政府は、
絵画がスペインに移送されるべきであるという判断を発表。

当然スペインのあちこちから手が上がったが、
最終的に1981年プラド美術館別館運び込まれることとなる。

3回目は違う場所で体験することになる。

それから5年しか経っていない頃に、
自分は初めてこの作品のホンモノを体験したことになる。

1992年に国立ソフィア王妃芸術センターが開館すると、
コレクションの目玉として移され現在に至る。

この移動する少し前に、
2度目の体験をしたわけだ。

防弾ガラスが取り除かれたのは、
1995年のこと。

両脇には非武装の警備員が配備されているが、
絵画まで4mの距離まで近づくことができるようだ。

3回目は場所を変えて、
以前とは違って多くの人で溢れかえる中で体験することになるんだろう。

それでも、
もう1度この作品はホンモノが見たい。

その想いは、
2回目を見た直後から既に始まっていたのかもしれない。

ということで…

あれこれと書いてはみたものの、
ソフィアの公式サイトを見ればより詳しくわかる。

Repensar Guernica というコンテンツがあって、
そこにはこの作品に対するいろいろなアプローチがあってこんな感じ。

  • Historia oral: ゲルニカ口述歴史
    この絵画の歴史に関わった一部の人物へのインタビューから直接得られた証言を
    継続的にまとめたもの
  • Contra-archivos (im)posibles: (不)可能なカウンターアーカイブ
    作品とさまざまな物語・知識の領域・地理・歴史的瞬間と結び付けたもの
  • Cronología: 年表
    インタラクティブなタイムラインから
    現代世界の想像力の構築における証言および中心的要素として
    絵画が生成した豊富なドキュメントを参照する機会を提供するもの
  • Gigapíxel: ギガピクセル
    ゲルニカそのものの詳細をギガピクセル撮影技術で見られる

Gigapíxel は作品の細かい部分を見ることができるので、
なかなか楽しいのでお勧めだ。

他はスペイン語と英語なので、
訳しながら見ると面白いものもあるけど。

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